真夜中の国語辞典本舗9条の会
われわれ日本人は、諸外国と比べて驚くほど憲法を真っ正面から考えたことがないのではないだろうか。「憲法」という言葉と同様に、「国」という言葉も、はるか彼方の山のように希薄なものにしか感じていないのかもしれない。その存在を日常的に考えなくても、いま現在ごく普通に生活を送っていられるのは、日本国憲法が厳然として民主主義の礎として存在し、主権がわれわれ国民全体にあり、われわれの基本的人権が保障されているから、ということについては異議を唱えるひとはいないだろう。しかし、国際平和を求めて戦争の放棄を宣言した憲法九条だけでなく、民主主義そのものが「改革」を叫んで議席を得た勢力によって破壊されようとしているいまこのとき、われわれ日本人は、憲法とは何か、民主主義とはなにか、主権とは何かを考えなければならない。
民主主義を破壊し、天皇制の軍国主義を復活させることが「改革」なのか。有権者の6割台がマニフェストに書かれた内容に対して投票したのであって、4割台の得票率で民意を語るべからず。「小泉劇場」を見て投票所へ足を運んだ「郵政改革」の支持者はいても、改憲と大増税・社会保障破壊に白紙委任を与えた者はいない。改憲と大増税・社会保障破壊についてマニフェストに記載したのか。選挙演説で叫んだのか。たとえ衆議院に、私利私欲と民主主義破壊と天皇制軍国主義復活を目論む勢力を群れ集わせることになってしまったとしても、参議院で議席を与えなければ、阻止することができる。
「郵政改革」を隠れみのにした政府と財界の民主主義破壊と天皇制軍国主義復活の意図を正しく報道することなく、造反vs刺客の「小泉劇場」として面白おかしくバラエティ仕立てで報道し、いま目の前にある危機を報道しなかったマスコミにとっての正義とは、クライアントが出稿する広告なのだ。公平でも公正でも中立でもないただの御用聞きに存在価値はない。全国的な、視聴拒否購読拒否、飼い主に対する不買運動を巻き起こして、国民とおなじ「痛み」を味合わせてやればよい。
いま現在の痛みとこれから痛みとなることすべてに対して、自ら声を出して「反対」を叫んで包囲してしまおう。日本は財界のものでも「改革」という名の「改悪」を叫んで議席を得た勢力のものでもない。主権をもつわれわれ日本人のものだ。われわれひとりひとりが改憲反対の声をあげ、民主主義を守ろう。
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